今回は弊社DSPやMCAに搭載されているスペクトル解析の機能の一つであるpeak search analysisのピーク面積計算について解説します。
テクノエーピーのpeak search analysisに搭載されているピーク面積計算法はコベル法を用いて算出しています。ガンマ線スペクトルのピーク面積測定においてROI間を積算するシンプルな全ピーク面積法、いわゆるグロスカウントgross(count)rawでは、バックグランド計数が考慮されておりませんので不正確な場合が生じます。これはピーク領域のベースラインがコンプトン散乱ガンマ線からなる連続したスペクトルを持つ場合が多い為です。また、自然放射線からなるスペクトルも持ちますので、ピークは右肩下がりのバックグランドを持ったピークになることが多いです。このようなピーク面積を計算するためにコベル法は、容易で信頼性も高い手法としてよく利用されています。
net(count)raw、net(cps)rawはyiの生データよりコベル法を適用して算出した数値で、net(count)fit、net(cps)fitはf(xi;a)のガウスフィッテングから得られた適合関数よりコベル法を算出した数値になります。
コベル法のベースライン部分の面積はピーク領域の両端のチャンネルを使って推測されます。(Fig.1)。
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(Fig.1 コベル法概念図)
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ピーク面積(Nnet)及びその標準偏差は(σNnet)は次の式で表されます。
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βL,βRはNL NRをベースラインの計数値へ換算するための計数値で
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この計算も単純にforループで積算するだけなので、C言語で記述、DLL(Fig.2)にして高速化します。これでネット計数net(count)raw、net(count)fitを算出することができます。
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(Fig.2 コベル法コード)
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検出器からの信号は、2つの事象が2コの分離したパルスとして記録されるために必要な最小時間が存在します。この制限時間というものは検出器内部の過程によって決められる場合もありますが、付属する電子回路によって決められることもあります。この制限時間を計測装置の不感時間(deadtime)と呼びます。放射性崩壊のランダムな性質によって、ある事象が前の事象のすぐ後に起こると、それは記録できずに失われます。計数率が高くなればなるほど不感時間が増え損失が大きくなります。その為計数率が高くなればなるほど不感時間を補正するようなシステム(デットタイム補正)が必要となります。デットタイム補正を行うのはMCA(DSP)の役割で次の様な特徴を持っております。
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MCAの不感時間 = リニアゲート時間TLG+ (ADC変換時間+メモリ記録時間)TM (6)
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ここでリニアゲート時間TLGとは、検出器からの信号がAMP(DSP)に入力され、ピークトップに至るまでの時間です。この時間は一つ一つのパルスの波高(エネルギー)を測定するためには待ち続けなければならない時間で、不感時間となります。Fig.3では約14μsと推定できます。
次にADCの変換時間です。DSPの場合、プリアンプ波形そのものをサンプリングするパイプライン型なので変換時間はかなり短いです。一般的には10ns〜40nsぐらいです。MCAの場合は、逐次比較型ADCを利用します。変換時間は500ns〜5μsぐらいです。これにはピークホールドした電荷をリセットする時間も含まれます。今のMCAはデジタルサンプリング型もありますが、その場合はパイプライン型のADCでアンプの信号をデジタル式にピークトップを検出する仕組みです。この場合、変換時間は10ns〜40nsと短くすることが可能です。
メモリ記録時間は昨今、FPGA内にあるメモリに書き込むため数十nsで済むことが多くほとんど無視できる時間です。
ADCの変換時間とメモリ記録時間はMCAの処理時間TMといえます。
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(Fig.3 プリアンプ信号入力に対するDSP及びAMPのパルス応答)
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不感時間が発生する確率として、パルスの処理時間中(TLG+TM)に次のパルスが入ってこない確率になります。もしこの場合にパルスが入力された場合パルスを除去するか、またはゲートによって締め出されます。
次にリニアゲート時間TLGに次のパルスが入ってこない確率です。パイルアップをONにするとTLG時間に更にパルスが入ってきた場合、両方のパルスが除去されます。TM時間中に更にパルスが入ってきた場合は先行のパルスが変換され、ゲートによって後続のパルスは締め出されます。つまり、
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PP=TLG+TM中にパルスが入ってこない確率×TLG中にパルスが入ってこない確率 (7)
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放射性壊変のランダムな事象はポアソン分布の統計によって、時間t内においてkカウントを得る確率を予測し、平均計数率r[cps]を与えたとすると次の式が得られます。
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式(7)のケースk=0(パルスが入ってこない)、t=TLG+TMとk=0、t=TLGを式(8)に代入して掛け合わせると次の式が得られます。
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処理されるパルスの確率PPはICR(input count rate)でOCR(output count rate)を割ることでも表すことができます。またもう少し違う角度でOCRはICRにLivetime/Realtimeを掛け合わせたと解釈します。
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つまり、
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LT(LiveTime)は
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Eq(12)よりデットタイム補正を行います。LivetimeはEq(13)になります。
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Fig5、6、7はCs-137単一ピーク線源によるデットタイム補正具合を調べたスペクトルです。3つのスペクトルのnet(count)に注目して下さい。もしデットタイム補正をしていない場合、Eq(14)はLivetimeでなくRealtimeで割ることになります。Fig.4より計数率が高い場合、長めのrisetimeで測定するとnet(cps)はかなり取りこぼしているのがわかると思います。
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(Fig.4 各risetimeでのnet(count)/RTの比較)
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(Fig.5 HPGeによるCs-137でのスペクトルICR11kcsp risetime 4000ns flattop 800ns)
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(Fig.6 HPGeによるCs-137でのスペクトルICR11kcsp risetime 7200ns flattop 800ns)
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(Fig.7 HPGeによるCs-137でのスペクトルICR11kcsp risetime 14000ns flattop 800ns)
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今度はFig5、6、7のnet(cps)に注目して下さい。これはデットタイム補正をしている値、つまりLTで割った値になります。Fig.8より計数率が高い場合で長めのrisetimeでも誤差は1.6%に抑えられていますので実用に耐えられます。FWHMはrisetimeの長い方が分解能は良いため、ここでデットタイム補正による効果を得ることができます。
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(Fig.8 HPGeによるCs-137でのスペクトルICR11kcsp risetime 14000ns flattop 800ns)
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それでは、より良い製品が作れるように社員一同全力で頑張ります。応援の程どうぞよろしくお願いします。
参考文献
[1] Gordon,Gilmore, Practical Gamma-Ray Spectrometry, Johnwiley&Sons Ltd, 1995年
[2] Glenn F.Knoll, Radiation Detection and Measurement 4th Edition, Ohmsha, 2013年
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